身体運動文化学会 会報第34号(2016年発行)

『講座を通して伝える姿勢バランス』神戸学院大学 森田 陽子

私は、柔道整復師としてスポーツ選手の故障のケアや予防に携わってきた。その経験を通しての中心にある考え方は、姿勢を正しく保っていれば故障のリスクが減り、また姿勢バランスを修正することで故障や疲労からの回復が早い、ということである。

5年前から兵庫県立須磨友が丘高等学校で「スポーツ医療と栄養」の授業を週2時間担当している。同じ頃、神戸市陸上競技協会から依頼された姿勢バランス・ストレッチ講座を受けた選手が継続して姿勢バランストレーニングを実施することで、故障がなくなったと多くの先生方や選手達から聞いた。その後、授業を2つの高校と関西健康科学専門学校でも行い、地域での講習依頼も増えた。3年前には神戸学院大学女子駅伝競走部からコンディショニングコーチ就任の依頼を受け、練習を積み上げた選手に日々、姿勢バランスを整え、ケアを施すことで故障者が出ず、着実にチーム力が付いている。

近年実施した、姿勢バランス・ストレッチ・テーピング・スポーツマッサージ・スポーツ栄養学等の主な講座は以下の通りである。

●兵庫県立高等学校事務長会 ●兵庫県立高等学校西播地区校長会会報①

●兵庫県立高等学校保健講演会 ●兵庫陸上競技協会女子指導者講習

●兵庫県高等学校体育研究会女子指導者研修会

●神戸市婦人会会長講座 ●神戸市子育て支援講座

●神戸市婦人会館あじさい講座 ●神戸市各地自治会

●兵庫県立高等学校・神戸市立中学校の出前授業講座

●大学・高等学校・中学校の陸上競技部・新体操部などでの講習

●神戸学院大学スポーツフェスタ会報②

2015年の1年間で計37回の講座を行った。10名程度の小規模講座から、600名の大規模なものまで様々であったが、それぞれの講座から姿勢バランスの重要性がさらに広がり、一般の方は痛みのない体作りに、アスリートは競技パフォーマンスの向上に貢献できたものと確信している。今後、さらにこのような機会を通して、地域貢献から日本貢献へ、競技選手のみならず全ての方が快適な体を維持するお手伝いができることを目標としている。

2016年3月、イタリアで開かれる第20回世界大学クロスカントリー大会の日本代表チーム帯同トレーナーに任ぜられた。この大役も、今までの経験を活かして日本のために力を発揮したい。

 

 

 

『柔道整復師の歴史とほねつぎの文化』常葉大学 稲川郁子

柔道整復師という職業をご存知でしょうか。「接骨院の先生」というとわかりやすいかもしれません。柔道整復師は別名を接骨師ともいい、古くは「骨接ぎ」「ほねつぎ」として地域医療の一端を支えてきた職業です。

柔道整復師の歴史について簡単にふれてみます。700年代前半、古代国家となった大宝~養老の時代、運動器治療の専門職である「按摩」が出現、さらに900年代終盤の円融天皇の時代には「接骨博士」の記録が残っています。また、諸説があるものの、1619(元和5)年に中国から亡命してきた陳元贇は、攻撃法と救急法を表裏一体とした武術を複数の門弟に伝え、その門弟たちが日本の柔術の一源流となり、柔道と接骨術を結ぶ端緒となったとされています。江戸中期には、柔術家の名倉素朴が柔術教授の傍ら施療院を開設しており、この頃から「やわら」と「ほねつぎ」の組合せが一般的になっていったと考えられます。やがて明治維新を迎え、日本の医学は明治政府によりドイツ医学へと転換、1874(明治7)年の医制、さらに1883(明治14)年の太政官布告により医師免許規則が制定され、歯科は存続することとなりましたが、産科、眼科、接(整)骨科は医科に統合され、既得権者も医術開業試験を受けることとなり接骨業者は激減しました。1912(明治45)年、柔道家による接骨業公認運動が開始され、時の講道館長である嘉納治五郎の賛助を得て、1920(大正9)年、按摩術営業取締規則の改正というかたちで「本令ノ規定ハ柔道ノ教授ヲ為ス者ニ於テ打撲、捻挫、脱臼、又骨折ニ対シテ行フ柔道整復術ニ之ヲ準用ス」の一文が盛り込まれ、初めて「柔道整復術」という名称が公的に用いられました。以降、柔道整復師と呼ばれるようになった接骨師は、「接(整)骨院」、「ほねつぎ」を開業し、地域の運動器医療を支える存在として親しまれてきました。

しかしながら現在、柔道整復師のほねつぎとしての専門性の低下、さらには専門性の所在そのものの不明瞭化という大きな問題が生じています。一般に柔道整復術とは、骨折、脱臼、打撲、捻挫、挫傷などの損傷に対し、手術や投薬に依らない治療を行うことであると理解されます。柔道整復師は、1998(平成10)年のいわゆる福岡裁判以降、養成学校数の激増によって増加の一途を辿り、さらにかつては不足していた整形外科医は都市部を中心に充足しつつあるため、その存在意義が問われるようになりました。骨折や脱臼などの重傷患者は、医科でのより高度で専門的な検査や治療を求めるようになり、ほねつぎの異名をとる柔道整復師のもとに骨折や脱臼の患者が訪れないという矛盾が生じています。このような状況下で、一部の柔道整復師は、業務範囲を逸脱した治療を行ったり、治療とはいえない慰安行為を行ったりするなどして生き残ろうとしました。その結果、柔道整復師の職域はますます曖昧となり、さらにきちんと業務を行っている柔道整復師のもとに訪れる骨折や脱臼の患者も激減しました。この悪循環により、ほねつぎが骨を接がなくなり、やがて、骨が接げなくなるという状況が生じています。

ほねつぎの技術はカンやコツがものをいう職人的要素が大きく、伝統的に師匠から弟子へと受け継がれてきました。柔道整復師界では1990年台頃から、学会や業界団体などの主導により「術から学へ」、また「学の構築」をスローガンとして、伝統的な技術に科学的分析を加え理論付けし、学問として昇華させようという試みがなされました。ほねつぎとしての柔道整復師の豊かな臨床には、数多くの、自然科学として解明するには膨大な手間と時間とコストがかかると思われる治療法が存在します。柔道整復師の中でもとりわけ熟達の領域に至った者は、直感に基づき骨を接いでいます。熟達者の直感の本質は言語化しにくく、特定の状況に条件づけられたものであると考えられます。しかし文化の継承者である「本物のほねつぎ」たちは高齢化しつつあり、今まさに「ほねつぎの文化」は断絶の危機に瀕しています。私は、彼らの英知を医療技術としての側面だけでなく、「ほねつぎ」の存在そのものを文化的側面からも記述的に記録しておく必要があると考えています。口伝や口承、ハビトゥス、生活史などを、種々の質的手法を用いつつ人文科学的見地から分析を加えることも、柔道整復師の英知を後世に遺すための現実的、具体的な一方策として重要ではないかと考え、研究を進めています。

 

『ニュージーランドにおけるスポーツの価値』

齋藤 実(専修大学の在外研究員制度によってニュージーランドのカンタベリー大学客員研究員として在籍)

ニュージーランドは、近年、スポーツの強国として知られている。その理由の一つは、ラグビーのオールブラックスである。オールブラックスは、ラグビーW杯イングランド大会で大会2連覇を果たした。また、オリンピックのロンドン大会では、国民一人当たりのメダル獲得率はグレナダ、ジャマイカに続き3位であった。また、国民のスポーツ参加率も極めて高く、74%の成人が週に1回以上スポーツもしくはリクリエーションに参加したと調査報告もある。日本においてもスポーツ庁が制定され、「スポーツ立国」を目指していくことになった同時期、スポーツの盛んなニュージーランドに在外研究員として留学させていただく機会において、スポーツ環境や国民のスポーツへの心的傾向に注目することを試みた。

日本の小学校に相当するプライマリースクールでは、日本のそれと随分と雰囲気の異なる体育の授業風景を見た。その授業では記録会を行っていたが、それぞれの児童の取り組む姿勢は様々で、特に長距離走では熱心に走り通す児童と、全く走らずゆっくりと歩いている児童がおり、教員は特にそれを注意したり、走るのを促すこともしない。児童も悪びれる様子ではないため、それについて聞いてみると「歩いている児童は、その他に得意なことがあるから」との回答だった。セカンダリースクールでは、学内クラブについて質問をさせてもらった。学内クラブはサマースポーツとウィンタースポーツに分けられ、同じスポーツを1年間続けるようにはできてはいない。生徒は自分の興味に合わせてクラブを選び、週2回のクラブ(土曜日はゲームデー)を楽しんでいる。

ニュージーランドにおけるスポーツは、「ゲーム」と捉えられているようである。ゲームについては様々な定義がなされているが、ニュージーランドの体育・スポーツ関係者の話からは「スポーツは楽しみのために行なわれる」というニュアンスが強く感じられる。

保健体育のナショナルカリキュラムの作成に携わった教授に「スポーツにはどのような教育効果があると考えているか」とインタビューをさせていただいた。スポーツの教育効果については、日本で語られていることとほとんど変わらなかった。ただ、ニュージーランドでは「スポーツをすることでライフスキル獲得などの教育効果はあるとは思うが、そのためにスポーツをするということは、通常考えない」ということだった。

スポーツの価値の位置付けとして、スポーツ目的論とスポーツ手段論の考え方があるという。その考え方からすると、ニュージーランドにおいては、スポーツを遊びや楽しみとして捉える「スポーツ目的論」の立場が強く、多様なスポーツを経験しながらそれぞれのスポーツの持つ遊戯性を楽しんでいる様子が伺える。スポーツ目的論とスポーツ手段論のいずれにも肯定される点、否定される点があるようだが、異なる文化の国に身をおいて感じさせていただいた今回の経験は、指導的立場にある一人として、スポーツの価値とは何かを考える上で、極めて貴重な機会であった。

帰国後、日本のスポーツは自分の目にどのように映るのだろうか。

 

『目先の勝利に捉われない指導』日本体育大学 小谷 究

スポーツにおいて、15歳まではコーディネーショントレーニングや基礎的なスキルを学ぶべき年代として位置づけられている。このことは、バスケットボール競技においても同様であり、プレイヤーの育成という視点からすると、この時期までのプレイヤーにはマンツーマンディフェンスという戦術を指導することが推奨されている。しかし、これまでU15のカテゴリーでは、コーチが目先の勝利に捉われてしまい、ゾーンディフェンスという戦術が主に指導されてきたことから、日本のプレイヤーはオフェンス、ディフェンスの両面において1対1の対応力が不足していることが指摘されている。そこで、日本バスケットボール協会は、2016年度よりU15のカテゴリーにおけるゾーンディフェンスの使用禁止に踏み切る。このように、ゾーンディフェンスの使用を禁止するにより、日本バスケットボール協会は、「プレイヤーズファースト」を尊重し、目先の勝利に捉われない長期的視点に立った指導を推進しようとしている。

しかし、今日のような状況に至る以前の日本のコーチは「目先の勝利に捉われない指導」を行っていたようである。バスケットボール競技では、タイムアップ直前にリードしているチームがシュートを打たずにボールを保持し、時間の経過をはかる「ストーリング」という戦術が用いられる。アメリカにおけるバスケットボール競技史について研究した大川によると、1927年開催の試合において、ニューヨーク市立大学が12分間のストーリングを行った。その後、こうしたストーリングが多用されるようになったため、プレイヤーはモチベーションを低下させ、観衆が減り、バスケットボール競技の人気そのものを低下させる事態を招いてしまったという。

一方、日本の雑誌では1920年代末になると試合においてストーリングが使用されたという記事がみられるようになる。しかしながら、日本で使用されたストーリングは、時間をかけてゆっくりシュートを打つ機会をうかがう程度のものであったようである。この頃のバスケットボール競技を牽引していた指導者である李想白は「現在日本に於ては未だ此手段(ストーリング)がそれ程有効に或は又濫雑に使はれてはいないのであつて此點からの主張は今の處杞憂であるかも知れない。ストーリングは悪い、それ故にそれが濫用されていない日本の現状を私は喜ぶのである。…然しかかるアンフェアーな行動を阻止する為ならばワザワザ新たなる立法を企てるよりコーチ及びプレヤー(プレイヤー)の道徳的自省に訴へ又一般輿論の批判によつてその目的も達しうべくこれが又最も望ましい方法であるとも思う。…日本に於てはこれで充分その目的を達すると思ふ」と述べており、「それ(ストーリング)によつて勝つたチームに對する一般の軽蔑非難は、容易にそのチームをして再び斯かる不徳のプレーを繰返へさしめないだけの力を持ているやうに思はれる。我々のプレヤー(プレイヤー)なりコーチなりは公論の不利を恐れる、又更に深く云へば為すべからざる背徳的不公正な作戦によつて勝つことを欲しない根本意識があるやうに見える。それ故に日本に於けるストーリングなるものはセイゼイディレード・オフェンス(ストーリングとは異なりシュートを打つ戦術)の度の稍々強いものでしかなく、それも競技終末に時偶見える程度だ」と述べている。

このように、1920年代末頃の日本においてストリーングは勝つために有効な戦術であったものの、日本のバスケットボール競技界は、ストーリングを「背徳的不公正な作戦」として位置づけており、多用することはなかったようである。つまり、この時期のコーチは「目先の勝利に捉われない指導」を行っていたといえ、こうした「道徳的自省」はプレイヤーにポジティブな影響を与えていたといえよう。今後、日本のバスケットボール競技界が「プレイヤーズファースト」を尊重し、目先の勝利に捉われない長期的視点に立った指導を推進するにあたって、ルールを改正することに加えて、先人達の指導に立ち返ることも必要となるであろう。

 

 

会報34号をお届けいたします。今号にも、スポーツ・身体運動文化を考えるうえで示唆に富む寄稿をいただきました。

森田陽子先生の姿勢バランスの講座は、地域貢献として大変意義ある取組みと思います。電車の中などでみる若者の姿勢の悪さについて言及されるようになって久しいですが、彼らが中高年期を迎えた時に大きなツケとなって日本全体の健康問題とならないだろうかと危惧するのは私だけではないでしょう。こうした取り組みが、広い層・地域に波及していくことを期待します。

稲川郁子先生は、かつて柔道整復師の代名詞でもあった「ほねつぎ」について、整形外科医療の発達・充足が柔道整復師の業務・技術内容の変化を促し、その技術伝承が行われなくなっていることを指摘しています。また、小谷究先生は、バスケットボールにおける勝利至上主義的な戦術「ストーリング」が1920年代から行われていて、日本の場合その使用にも「道徳的自制」があったことに言及しています。両寄稿とも、身体運動文化史およびスポーツ史的観点から興味深く拝読しました。

齋藤実先生の巻頭言では、隣国でかつスポーツ大国のオーストラリアの陰に隠れてしまいがちですが、ニュージーランドの国民一人当たりのメダル獲得率の高さが(失礼ながら)意外でした。ニュージーランド航空の「機内安全ビデオ」には、オールブラックスのメンバーが出演しています。私も初めて機内でこれをみたとき驚くとともに、果たして日本の航空会社の機内安全ビデオでこれが出来るだろうかと考えてみましたが、イメージが容易には湧きませんでした。こうした、その国を象徴するスポーツ(選手)へのリスペクトと親しみやすさも、同国スポーツ好成績の背景にあるような気がします。

(長尾 進  記)